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東京高等裁判所 昭和33年(う)1575号 判決

控訴人 被告人 朴根石

弁護人 中島武雄

検察官 長谷多郎 粂進

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

原審における未決勾留日数中十日を右本刑に算入する。

押収にかかる偽造勝馬投票券一枚(昭和三三年押第五七九号ノ九)はこれを収収する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人中島武雄提出の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

控訴趣意第一点について、

所論は原判決が被告人は判示連勝式勝馬投票券(当り馬券)を偽造したものと認定したのは判決に理由を付さない違法があるかまたは事実を誤認したものであると主張する。

よつて本件記録並びに当審における事実の取調の結果に徴すると原判決は被告人が判示横浜市主催昭和三十二年第四回地方競馬第六日目第九レースの連勝式勝馬投票券の的中番号が「32」であることが判明するや予め用意してきた連勝式勝馬投票券千円券類似の用紙に所携のハサミ、セルロイド板、馬券押機等を使用して「60932」と穿孔して横浜市の発行すべき連勝式勝馬投票券(通称当り馬券)一枚を偽造したものと認定したものである。そして本件記録によれば被告人が右勝馬投票券を所持しており、これが偽造にかかるものであつたこと、被告人が当り馬券を偽造するための用具と認められるハサミ、セルロイド板、馬券押機等を所持していたことは明らかであり、且つ被告人が右偽造馬券並びに用具を所持するに至つた点に関する被告人の供述は首肯し難いものがあるが、原審証人野内ふじの供述によれば右川崎競馬においてはレース終了後間もなく競走馬の通過順の発表があり次いでその確定発表、払戻金の発表が行われるが通常、通過順の発表から確定発表までは一、二分位の間であり、当日被告人が前記偽造勝馬投票券を野内ふじに提出したのは右確定発表の直後であり、その発表前既に被告人は同人の所に来ていたことが認められるのである。しかして右偽造勝馬投票券には前記のように「60932」の穿孔がされているのであつて「32」の二数字のみでも二十三の孔が打ち抜かれているのであるから、右のような短い時間内に競馬場内で判示の用具を用いて多数の孔を打ち抜き当り馬券を偽造することは困難であると認められるのみならず当審における検証の結果によれば川崎競馬場開催日の場内は著しく混雑しており、人目も多く、各レース後通過順の発表(未確定発表)と確定発表との間は極めて短時間であることが認められるので、被告人が判示のようにレース終了後確定発表までの間に人目に触れない所で判示のような用具を用いて勝馬投票券類似の用紙に多数の孔をうち抜き判示のような当り馬券を偽造したと云う事実は原判決挙示の証拠を総合するもその証明が十分であるとは認められない。ただ被告人が判示の野内ふじに提出した勝馬投票券が真正に作成されたものでないことを知つていたことは被告人の検察官に対する供述調書に徴してもこれを認めうるところであるから、右偽造の勝馬投票券を行使したとの限度において犯罪の証明は十分であり被告人がその責を負うことは勿論である。故に論旨は理由がある。

同第二点について、

所論は原判決が判示詐欺罪を認定したことは事実誤認の違法があると主張するものである。しかし所論野内ふじの証言によれば同人は被告人の提出した勝馬投票券の通し番号が三千台であり前のレースの投票券の通し番号が六千台であつたことから右勝馬投票券の真否について聊か疑念を抱いたことは認められるが、通し番号の順位が逆になることもありえないことではなくその他用紙形式、レース番号、連番号等では全く真正なものと見分けがつかなかつた為、被告人の提出した勝馬投票券を正当なものとして払戻金額より手数料を差し引いた判示金を交付したことが認められるから右は被告人が右勝馬投票券を真正なものの如く装い提出した欺罔行為によつて交付されたもので詐欺罪を構成することは明らかである。故にこの点に関する原判決の認定は相当であつて論旨は理由がない。

同第三点及び第四点について、

論旨第三点は原判決がメモ用紙を没収した点について判決に理由を付さない違法があると主張し、第四点は原判決の量刑不当を主張するものである。しかし当裁判所は前記のように勝馬投票券偽造の点についてはその証明がないものと認めるので所論メモ用紙については没収の言渡をしないのであるから第三点に対する判断は不要に帰するものであり、既に事実誤認の論旨(第一点)を容れ原判決を破棄し後記のように自判するものであるから論旨第四点に関する判断もこれを省略する。

次に職権により原判決の法令適用の当否につき検討すると、原判決は判示勝馬投票券を刑法第百五十五条第三項所定の公文書に該当するものとして法令を適用しているのであるが、本件勝馬投票券はその性質用途目的に鑑みこれを横浜市の発行すべき公文書と認めるよりは刑法第百六十二条第百六十三条所定の有価証券にあたるものと解するを相当とする。即ち右各本条にいわゆる有価証券とは財産上の権利が証券に表示され、その表示された権利の行使につきその証券の占有を必要とするものであつて、その証券が取引上流通性を有すると否とは必ずしもこれを問わないものと解すべきであり(昭和三二年七月二五日第一小法廷判決、昭和三三年一月一六日第一小法廷判決参照)本件勝馬投票券はこれに該当するものと認められるからである。故にこの点において原判決は法令の解釈適用を誤つた違法があり右違法は判決に影響を及ぼすものと認められるから当裁判所は当審においてなされた検察官の訴因罰条の変更の申立に基き、右勝馬投票券を刑法第百六十二条第百六十三条にいわゆる有価証券に該るものとして処断すべきものと解する。故にこの点においても原判決を破棄すべきものである。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 坂井改造 判事 山本長次 判事 荒川省三)

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